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REPORT 「成年後見制度」

STOP GUARDIANSHIP ABUSE JAPAN

経済新聞のコラムを読んで感じたこと

フリーライター 綾子(Rhoko)

先ずはそのコラム「パニック小説のその先に」(2020/02/18夕刊)を紹介したい。作家の篠田節子氏のものだ。

《「あなたね、隔離というのはそう簡単にできませんよ。人権に関わることですからね」

 四半世紀以上も昔、新型脳炎が流行するというパンデミック小説を書くために、伝染病予防法(現在は感染症法)について取材した折、厚生省(当時)担当者が、開口一番に言ったことだ。

 新人作家として、とにかく派手なシーンを並べることしか頭になかったから、交通遮断に、感染者の隔離に、と様々なアイデアを揃えていたが、民主主義国家日本の現実はB級アクション映画のようには展開しない。大幅にプロットを改変することになった。

 中国、武漢市の市域閉鎖の功罪についてはいずれ検証されるだろうが、中央集権国家でなければ不可能な措置だっただろう。

 新型コロナウィルスとは比較にならないくらい毒性も感染力も強いエボラ出血熱については、当初それが出現した村では、患者を村はずれの小屋に隔離し、食べ物を差し入れ、息絶えたことが確認されると火を放ち小屋ごと焼くことで感染を食い止めた、という記述を読んだことがある。

 感染予防と人権とは、常にせめぎ合う。古くは学童の集団接種問題。身近なところでは「中国人入店お断り」の貼り紙からクルーズ船内での乗客乗員の待機問題まで。

 予防か人権か、といった単純な二択から一歩踏み出し、人間としての尊厳を保ちつつ差し迫った危険を回避させるものがあるとしたら、それは「主義」「原理原則」「教え」ではなく、胡散臭い情報を排除し、場面ごとに冷静に判断し、対処する現実的理性なのではないか。》


これを何回も読み直した。

 そして成年後見制度に通じるものがある……と感じた。

 特に最後の『予防か人権か、といった単純な二択から一歩踏み出し、人間としての尊厳を保ちつつ差し迫った危険を回避させるものがあるとしたら、それは「主義」「原理原則」「教え」ではなく、胡散臭い情報を排除し、場面ごとに冷静に判断し、対処する現実的理性なのではないか。』を何回も読み直した。

 

成年後見制度には「場面ごとに冷静に判断し、対処する現実的理性」が欠落していると感じずにはいられなかった。でもそれをこの制度に求めるのも、無理だろう。

 成年後見制度による、老親の囲い込みや、施設にいる親族に会わせてもらえない状態は、明らかな人権侵害だと思う。 

 私自身もこの制度に翻弄されている一人だと思うが、被保佐人(自分の意思ではなく被保佐人になった)の親族の余生を振り返った時、この制度に関わっていなければ、もっと有意義な余生を送れていたことは間違いないと感じる。もう3年近い月日が無情にも流れている。


 篠田節子氏の本は興味がありながら、なかなか読めずにいたので、これを機に、積読状態の本たちを尻目に、『介護のうしろから「がん」が来た!』を購入した。


Mobirise

介護のうしろから「がん」が来た!

篠田節子氏

 20年母親の介護を続けていて、自分のことは後回しにしていたら、発覚した乳がん。

まずは「あとがき」からだが、共感した部分を引用したい。 

《病気も介護も、その様相は個人によってあまりにも千差万別で、体験してみればそれまで抱いていたイメージがことごとく覆されていく。 

 何かに似ている、と思ったら、小説の取材だ。

 事前に大量の文献に当たり徹底的に調べ上げても、いざ現地に行ったり、現場の方と接したりしてみると、そんなものはあっさり打ち砕かれる。戸惑いとときには感動と、その後に続く自分の認識の修正に次ぐ修正。……》 

 私が裁判所からの判決を読み、落胆し、「現場を知らない人に、何が分かるんだ!」といつも憤っていた事を思い出した。

 今も闘いは続いている。


                                                                                                フリーライター     綾子

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